2020 年まとめ

1 月

ベトナム旅行出張へ。モダンオフショアを一緒にやってくれるエンジニアとお互いの空気感を伝えに行ってきた。はじめての海外旅行だったので持っていく荷物が多かった。次はもうちょっとスリムにいけそう。

ベトナムの方は非常に優秀で、トランスファーしたスキルのキャッチアップ速度がすごい。知識量は生きてきた時間の分、俺が多いのは当たり前なので奢らずに行きたいところ。パートナーというか普通に仕事仲間として座組を考えている。

英語でのやりとりはこのときは無理だったけど、 2 月以降のリモートでの打ち合わせで意思疎通に問題ないていどには喋れるようになる。読み書きの速度も上がった感じはする。

ダナンの海はキレイだった。

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2 月

COVID-19 の影響が本格化。社が全面リモートワークに切り替えたのが 1 月末なので実質この月から開始。社のおかげで感染の心配は妻の勤務先だけとなったが、出費が続いたのと諸々忙しすぎたので家の仕事環境が整わずケツが悲鳴をあげる。

3 月

感染が心配される中、結婚式断行。親兄弟と親友に限って招待したとても小規模な式だったが、中止すべきか 1 週間前まで悩んで妻と相談していた。これ以降は実行できるタイミングがそもそもなくなっていたので結果的に良かった。来てくれた方ありがとう。

4 月

本を出版した。足掛け 3 年、長かった。途中で断念しそうになったり、共著者が変わったり、締切に間に合わせるために徹夜したり、編集さんに無理を言いまくったりした。とてもよい体験だったし、誰かのためになることが好きなんだと再実感できた。次は別の分野でかけたらいいな。妻には心配をかけないように。

紀伊國屋書店札幌本店さんで。

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5 月〜 10 月

徐々に持病のアトピー性皮膚炎が悪化し、精神状態が不安定になり、朝起きられなくなり、ケツが崩壊した。多分、執筆のストレス、仕事での忙殺、出版による緊張の緩和、クレベリンによる肌への蓄積ダメージなどが重なっていたところに PM2.5 がトドメを刺した感じ。

皮膚科ではデュピクセント、心療内科ではイフェクサーが処方されたので、これらで復活した。

デュピクセントについては今までの人生で感じていたすべての不調がなくなるほどの効果があった。「なるほど常人はこういう世界に生きているのか、そりゃあ以前の俺からしたらみんなすぐに音を上げるように感じるわな」という納得も。ただまあ 3 ヶ月分処方されるんだけども、自己負担の限度額を超過する程度には単価が高いので健康を金で買ってる感が否めない。

仕事は 7 月半ばから休職していたので時間が余るほどあった。この間に積ん読消化、料理などをしていた。読んだ本の紹介は他のエントリーに譲るとして、作った料理。

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カチャトーラ

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こんがりチーズ煮込みハンバーグ

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スパイスから作ったチキンカレー

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瓦そば

料理スキルのレベルが非常に上がり、多少凝ったものも作れるようになった。煮込みマスタリーの取得も近い。

家族との時間が増えたのは良かった。結婚直後から本の執筆でろくに時間を避けなかったのでゆっくりと妻と話し合うことができたのはとても得難い時間だった。自分の作った料理を食べて笑顔になってもらうという体験は一番の薬だったのではないか。

11 月〜 12 月

仕事復帰。復帰直後は休職中のアップデートのキャッチアップと仕事体力のリハビリ。その後エンジニアリングマネージャーとして動き出す。いやまあ 5 月からエンジニアリングマネージャーだったんだけども。こっちの所信表明も別で起こそう。

総括

2020 年を一言でまとめると、仕事ではテックリードからエンジニアリングマネージャーへ徐々にクラスチェンジしていたのと、国際的に動くようになってきた点が、プライベートでは本当の家族になれた点と持病が飛躍的に軽くなった点が大きなトピックか。

課題は「やらないことをきちっと決める」。来年はもっと時間がなくなるので、雰囲気や気分でやってると物理的な無理が生じそう。袋小路にハマらないように視点を高く、一意専心できる分野を掘っていく。